main_1.jpg
0425_fin_edited_edited.jpg

金允洙 短編作品上映

2022.06.03(Fri) 05(Sun)

header_h1_edited.png
  • Instagram
  • Twitter
  • YouTubeの
main_2.jpg
 

Introduction

どこかで一瞬、すれ違ったことがある気がする。或いは、いつも自分の傍にいる気がする−。そんな身近で神秘的な女性たちが、彼女たちとっての“何か”を追い求める姿を、静かに、時に踊るように描く、金允洙監督の珠玉の短編作品の限定上映が決定。第34回東京国際映画祭Amazon Prime Videoテイクワン賞を受賞した短編映画『日曜日、凪』、そして新作短編映画『リンゴをかじる女、風を売る男』を二本立てで上映します。連日アフタートークイベントや、劇中スチールも手掛けた写真家・濱田晋による写真展も開催。

 

Film

_DSC9389.jpg

“Sunday&Calm sea”

『日曜日、凪』

Film 01

2021/HD/19min

Story

離婚を決めた秋子(大場みなみ)と幸一(安藤理樹)が離婚届を前に向かい合って座る。そこへ友人の三浦(小林竜樹)が訪ねてくる。三浦はビリヤードのキューを見せに来る約束を幸一としていたのだったキューを試すために三人はビリヤード場へと出かける。そこで幸一は離婚することを三浦に打ち明ける。ビリヤード場、赤いジャージの男、飲みかけの缶ビール、思い出話と土曜日の夜。

_DSC9284.jpg
_DSC9591改.jpg

Cast

安藤理樹 大場みなみ 小林竜樹 鈴木昌吉

Staff

監督・脚本・編集:金允洙 撮影:山本大輔 音響:黄永昌

ヘアメイク:松本智色 助監督:福島隆弘 登り山智志

スチール:濱田晋 音楽:竹久圏 Hacchi
制作:UR5ULA FILM POSSE

第34回東京国際映画祭 Amazon Prime Video テイクワン賞受賞作品

 

“The woman who bites an apple & The man who sells a wind”

リンゴをかじる女、

  風を売る男』

Film 02

2022/HD/47min

_DSC8895-2改.jpg

Cast

清水葉月 タマキリョウ 小林竜樹 前原瑞樹 尾﨑怜愛

SAW 須田アンナ 希志真ロイ 宮本行 竹久圏 久保田芳之

Staff

監督・脚本・編集:金允洙 ラインプロデューサー:佛木雅彦 撮影:北川喜雄

照明:秋山恵二郎 音響:黄永昌 美術:山本江里 衣装:浜辺みさき

ヘアメイク:松本智色 助監督:鳥井雄人 柴田咲南 スチール:濱田晋

音楽:竹久圏 レコーディングエンジニア:Hacchi 

制作:万屋物産株式会社 企画:UR5ULA FILM POSSE

_DSC8578-2.jpg

Story

大きな橋の下。リンゴを持った一人の女、Y(清水葉月)が何かを待っている。 そこへ一人の男、M(タマキリョウ)がやって来る。YはMにお金の入った封筒を差し出すが、Mは受け取らない。その代わりにMはYにタブレットの画面を見せる。 そこにはこう書かれてあった。「これから三つの課題を出します。クリアすれば、あなたに売ります」 YはMから提示される三つの課題に挑むのだった。

_DSC7748-2 (レタッチ済).jpg
 

Schedule

06.03(Fri)

18:45(〜19:55終)

20:45(〜21:55終)

アフタートーク(仲野太賀、小林竜樹、金允洙)

06.04(Sat)

18:35(〜19:45終)

アフタートーク(安藤理樹、大場みなみ、金允洙)

20:45(〜21:55終)

アフタートーク予定

06.05(Sun)

13:35(〜14:45終)

15:15(〜16:25終)

アフタートーク(渡辺真起子、金允洙)

 

Comment

女が欲しいものは何だったのか。日曜日の女は本当に夫の浮気だけが原因でそこから離れるのだろうか。リンゴの女の本当に果たしたかったことは何だったのか。見ているうちに、彼らが自分の横をすり抜けていったように、もしくは私が彼らの横をすり抜けたように錯覚する。スケッチされた道端は私の知ったような道端に思える。最後にはストンと物語から上手に突き放される。私の頭も心も追いついていないのに、何だか理解はしている。多分、身体の中で。 あくまでも男が見た女の横顔なんだけど、あんな顔をしている女を女の私も知っている。気がする。そこがいい。 2021年、東京国際映画祭が更なる才能の発掘を目指して今年から設立されたAmazon Prime Video テイクワン賞 いう部門にて キム・ユンス監督作品『日曜日、凪』がグランプリを獲得した。私はその時の審査員の一人だった。キム監督が、できたばかりの、この賞をきっちり引き受けてくれるだろうと、長い話し合いの末に結果がでた。たった今だけじゃない、もっと、もっと先の未来でも縦横無尽に活躍するんじゃないかと私は思っている。

渡辺真起子(俳優)

人生は砂時計の砂の様に我々の余白を埋めていく。あったはずの、または本来あるはずの余白を愉しむ時間を得られるのは芸術にしか成し得ない史上の贅沢かもしれない。

HAIIRO DE ROSSI(ラッパー)

洗練された絵作り。記憶の中にある言葉をリフレインさせる斬新な手法で、生きるエネルギーや現実と記憶を交錯させながらそこに映っていない事象を観客に想像させ救済する。私はこの短い作品の中に、たくさんの映画的な情緒を発見し、愛しく思った。

行定勲(映画監督)

『リンゴをかじる女、風を売る男』こんな映画、なさそうでなかった。邦画のようで、洋画のようで。無国籍なようで、多国籍なようで。実体が掴めないようで、でも記憶の底に昔からあったようで。愛はないけど、ないとも言い切れないようで。言葉やストーリーましてや意味などなにもないようで、でも雄弁で繋がりはあって投げかけたいものはあるようで。確かなことは、低温ではあるが温もりが存在しているということ。だからどうした、と笑われてるようで。役者の顔がいい。みんないい。光と影と音と静寂を小憎らしいほど巧みに使ってきやがる。ジリジリと化物が迫りくるような映画。それは監督キム・ユンスがあなたに迫ってきたということ。やっぱりこんな映画、なさそうでなかった。

瀧川鯉八(落語家)

I finished watching a movie. I could feel the smell and the wind. Now I remember. (私は映画を見終わりました。 それは匂いと風を感じる事が出来た。 いまふと[それで]思い出した。)

Zami Umiaca(Cyber Actress Master)

セリフの無い映像は余計想像をかき立てられます。Yが望んで得たいもの...。行き交うトラック、溢れるジュース、回るシングル盤、揺れるブルーシート...細部に情感を感じました。47分という短い物語を観終えると、音楽という形の無いものを届けた後に役目が終わってもターンテーブルの上を回っているレコードの余韻のようなものを感じました。

ハロルド作石(漫画家)

『日曜日、凪』
凪と荒れ狂う海自分には遥か過去の錆の匂いのする記憶…彼女の赤いワンピースがやけにノスタルジーと色気を感じさせる。最後の家に戻ったシーンは、家にある影が付き纏う…なんかとても終わった後、「おー…」っと、ため息にも似た、感嘆を吐いてしまう。そんな作品。
『リンゴをかじる女、風を売る男』
セリフ無しの映画に抵抗があったことが嘘みたいにすんなり受け入れた自分がいた。まず、清水葉月さんが素晴らしくバケモノやな…とお伽話が段々と肌感覚に迫ってくるが、通り過ぎてゆく感じに安堵する。。が…なんか…なんか退廃的な中に、清水葉月さん演じる役の美しさ、強かさ、危うさが響いていく感じがおかわりしたくなる感じ…

吉原光夫(俳優・演出家)

「日曜日、凪」を観ました。金監督は誰もが持っている欲望や人間の怖い部分を映像に落とし込みます。時に非現実的で時に物凄くリアルです。一般社会でそれ言ったらアウトだろ。的な部分を躊躇なく出してきます。でも、どの作品にも感じられるのは繊細や愛です。

般若(スピリチュアル系恋愛マスター)

りんごをかじる女がいる。離婚しようとする男と女がいる。女の戸惑いと男の気まずさ。見慣れた街の風景が突然ワープし、因果律には従わない物語のロジックが展開する。現実とフィクション、夢と幻想が共存し、あり得ない世界や時間、あったかもしれない世界や時間が交差し、突然に別の時空間に移動する。 金允洙は妥協しない。安直な感動や分かりやすさとは無縁の世界で勝負する。にもかかわらず、物語は至ってシンプル、哲学や比喩の難解さに囚われることもなく、独自のユーモア感覚がある。登場人物たちはどこにでもいそうなごく普通の人々だ。その彼らは現実の時空間の束縛から一瞬解き放たれる。あるいは異界の戸口に突然迷い込んだかのように闇を見るのだが、見ている者はその移行をごく当たり前に受け止める。風景を切り取る画面の的確な構図や人物を捉えるカメラの視線、音楽との絶妙なバランスを保つ編集のリズムが、異なる時空間のあいだの移行が映像と映像のあいだを自然に縫合する。 心地よい水平の画面が垂直に割られ、突然不穏な動きが統制された画面を揺らす。そして何事もなかったように空虚な空間が広がる。日常とは、あったかも知れない場所と時の可能性を否定し、忘れることだ。金允洙の映画はその可能性をいつでも思い出させてくれる。『日曜日 凪』でも『リンゴをかじる女 風を売る男』でも映像はゆらりと風に揺れる。だが静を装う凪はやがて荒れ狂う波となり、はるかに寓話的な『リンゴをかじる女 風を売る男』では動的なエネルギーが映画に充満する。 女はなぜリンゴをかじるのか。男はなぜ風を売るのか。映画の時間の中で女は歩き、男はダンスを踊る。早送りの人生が走馬灯のように記憶に刻まれる。そのとき、映画は物語でも現実でもない時空間を自由に闊歩する。だが破壊する女が暗闇に泣き叫ぶとき、メビウスの帯のように現実は歪曲する。私たちが画面に見るのは一体何か。映画は私たちに容赦なく問いを投げかける。その問いを私たちは受け止められるか。 絶望という名の希望を携えて、金允洙の挑戦はまだ続く。これから、私たちは幾度となく彼の映画に立ち戻る。楽しみだぞ。

斉藤綾子(映画研究者)

『日曜日、凪』

凪。陸上から見た穏やかな印象。海の中では無数の命が蠢いている。穏やかな陽が差し込むリビングと、牧歌的なトーンで展開される会話。スクリーンの裏で蠢くものを感じる。共に生きるとは、何か。
『リンゴをかじる女、風を売る男』
物語が進むにつれ、輪郭のない感情が脳の皺一つ一つを伝って染み込んでくる。さまざまな謎を残し、ラストシーンを迎える。最終的に、リンゴをかじった時のような、はっきりとした痛みが残る。

壱タカシ(シンガーソングライター、クィア・アーティスト)

「日曜日、凪」を拝見しました。 短編という短い時間。 でも、その中にはとても長い時間が凝縮されていて、誰もが、その中のひとかけらの場面に自分を重ねてしまうような、忘れていた風景や感情が突然、甦るような不思議な作品でした。

手嶋悠貴(映画監督)

美術館や写真展に行ったような気持ちになりました。いつの間にか色々な物や出来事に名前をつけて知っている物としての安心感と引替えに想像して面白がる事や怖がる事を失いかけていたのかなと、気付かされた作品でした。人と向き合う事、向き合っても見えない内側言葉という音がなくなった時私はそれ以外で情報を得ようとより一層集中していました。

秋山ゆずき(俳優)

ほかに似た監督がいるだろうかと考えてるけれど全然思いつかない。強いて言うなら、デビット・リンチのシナリオをジム・ジャームッシュが撮った、みたいな感じか。こんな喩えはどうでもよくて、みたことあるようでみたことがない、ということだ。例えば、ビリヤード場の外の灰皿を挟んで交わされる場面、絶妙に気の抜けるような俗っぽさは可笑しいが、しかしそのビリヤード場の外観に漂う異国感に戸惑う。カップルの食卓やハンバーガー屋やバーで、徹底的に俗っぽさと戯れつつ、しかしいつのまにか、そんなリアルなどクソくらえということなのか、キム・ユンスの世界が立ち上がる。いったいここはどこ?

三宅唱(映画監督)

shibitt1.jpeg
shibitt2.jpeg

志人(詩人/作家/作詩家/語り部)

金允洙の作品には、余白がある。といって、往年の実験映画のような、フィルムに黒や白のコマが挟み込まれているというわけではない。ちゃんと、然るべき画が連続して話を進めていくのだ。にもかかわらず、そこには、物語の陥没点とでもいうべき余白が随所にあり、それが見る者に想像を促す。金允洙のそんな試行が、明確に表現されたのは、『リンゴをかじる女、風を売る男』だ。セリフを廃したこの映画は、初期のサイレント映画に、逆側から接近した、稀有な試みであり、そこには、何事によらず説明過剰な現代への痛烈な皮肉がある。

上野昻志(評論家)

© UR5ULA FILM POSSE